8月3日から5日にかけて、中学3年と高校1年のGAコース有志8名が広島県大崎上島での民泊体験に参加しました。地元の受け入れ家族の一員となり2泊3日の島生活を体験しました。研修中は、高齢社会の島のくらしの実態や行政・地域の取り組みについて学び、島のくらしを元気にしようと活動している講師の先生から「島の歴史」や「島の将来」についてお話を伺い、さらには造船所・醤油醸造所・ブルーベリー農園など島の地場産業の現場を訪れる盛りだくさんのプログラムです。
1日目
午前は新幹線で移動し、広島駅からバスで竹原港へ向かい、フェリーに乗って大崎上島へ。島到着後、入島式で副町長から歓迎の言葉をいただき、その後、町健康福祉課より島の高齢化の現状や取り組みについてお話を伺いました。その後、島唯一の醤油醸造所を見学し、岡本社長からは伝統的な製法をまもるこだわりや、島への愛情をたっぷりお話いただきました。対面式では、藤原様・金原様にご挨拶の後、民泊体験として各御家庭のお世話になりました。




2日目
午前中、ふるゑ地区の櫂伝馬の船頭でもある藤原さんのご厚意で櫂伝馬舟を見せていただきました。午後は地場産業見学です。佐々木造船の120メートル級の大型船が建造される迫力ある現場を見せていただきました。完成間近の船内にも入れてもらえて一同大興奮でした。その後、場所を移して、島で新しい取り組みをしている川本さんの挑戦や、角南さんによる地域支援活動についてのお話を伺い、島のゆたかさについてたくさん教えていただきました。神峯園のブルーベリー狩りではとても甘い島の果実を堪能し、お土産のブルーベリーソースをもらって、喜びながら民泊先へ戻りました。民泊家庭では、島の魚・肉・野菜など心づくしのおもてなしを受けました。。
私たちの訪問していた期間は毎晩、お祭りの神事・櫂伝馬レースの練習が行われており、子どもからお年寄りまでが港に集います。夜は垂水港で、4地区の櫂伝馬レースの練習が行われ、地域の結束力を間近に感じられる良き機会となりました。







3日目
3日目、午前中は民泊先のご家族との時間をゆっくりすごし、午後には役場にて離島式を行いました。お世話になった藤原さん、金原さんへ代表生徒からそれぞれお礼の挨拶をしました。生徒たちは島のご家族の一員としてとてもあたたかく迎えてもらったことに感激していました。最後のお別れは、私たちが乗船したフェリーが見えなくなるまで黄色い旗を振ってお見送りしてくださいました。




プロジェクトの成果
この研修は事前研修で豊かさの仮説を立て、現地で体験し、最後に島の暮らしの豊かさについて「私の結論」をまとめます。参加生徒が感じた島のくらしと豊かさについて、以下のようにまとめられていました。
- 結論は人と人との距離感にあると思います。一日目に櫂伝馬を見に行った時、雨だったのですが、漕いでいた人たちは宴会をしていました。その時に宴会をしていた人たちは、いきなり来た私たちに話したりいろんなものを食べさせてくれたりしてくれました。……「この島のほとんどの人たちは知り合い」とおっしゃっていました。助け合いながら生活しているということがよくわかりました。悪いことをしたら家族のように怒ってくれるような人ばかりだったそうです。(中3)
- 私はこの民泊体験を通じて、島の豊かさとは島の人々がこの島を誇りに思っていることだと思いました。……島の人々はこの島の歴史や魅力をよく知っていて、自分の住んでいる土地を良くしていこうとたくさんの人が動いていることが分かりました。また島の人々の連帯感が強いからこそ協力しあいみんなで盛り上げていこうとしているように感じました。川本さんも講演でおっしゃっていたように、この島は学びと挑戦を続けている、その根底にはやはり大崎上島がいい土地だという地元の人たちの誇りがあるからだと感じました。(中3)
- 現在積極的に活動している大人たちが中高生に引き継いでいこうとする姿も少し見れて、同世代の受け継いでいく中高生に感銘を受けました。……健康福祉課のお話では、超高齢化が進んでいるのも事実で…その中で町の職員は「豊かさの砦」になっていると感じました。…したがって豊かさとは町民の人々の努力の塊だと感じました。(高1)
- 私は今回の島での活動を通してこの島がどうしてこんなに豊かなのかというのは、島の人々のつながりによるものだと思いました。私たちが櫂伝馬に乗る時にも近所の人たちがお手伝いに来てくれてコツを教えてくれたりしたので、みんな優しいなと思いました。もし私の地元が大崎上島なら帰省したときに地元の人が温かく迎えてくれそうな雰囲気があって、ずっとここにいたいと思えるようなところもこの島の豊かさにつながっているのだと思います。今回の島体験はとても楽しく私に将来の新たな道を開いてくれたように思います。(高1)
- 島の暮らしが豊かなのは、人とのつながりを大切にし続けているからではないだろうか。私が元々立てていた仮説の「誰でも島の環境を変えることができる土壌があるからではないか」という面では、周りの人とよく会話をして自分の意見について周りの考えを簡単に聞くことができる上、島の職員の方々も知り合いでアドバイスしやすく、実現もしやすいため要望も多くあがり誰でも島の環境を変えられるようになっていると感じました。(高1)

