協同探究プロジェクトin福島(「ふくしま学宿」)

 3月29日~31日、本校生5名(高一 3名、高二 2名)と灘高等学校生15名が参加し、「ふくしま学宿」が行われました。このプロジェクトは東日本大震災・原発事故を経験した福島をフィールドとして灘高等学校が毎年行っているスタディー・ツアーですが、この度、参加枠をいだだき協同で実施することになりました。

1日目

 新大阪から新幹線、特急ひたちと乗り継ぎ、いわきに到着。バスで、福島第一原発の近くに建てられた東日本大震災・原子力災害伝承館を訪れました。浜通り地域とエネルギー政策のつながりや甚大な複合災害(地震・津波・原発事故・風評被害)の状況がよくわかる展示でした。その後、ホテルで富岡町3.11を語る会・青木淑子代表、AFW・吉川彰浩代表理事の講演を聴き、振り返りワークショップで議論を深めて1日が終わりました。

2日目

 午前中は浪江町を拠点にフィールドワークを行いました。1年前まで避難指示区域だったJR双葉駅周辺、16.5mの津波が来た海岸、適切な判断で全員が無事に避難できた請戸小学校、生死を分けた大平山を巡り、津波の脅威と避難行動の大切さ肌で感じました。また、国がすすめる福島イノベーション・コースト構想の一つである水素研究エネルギーフィールドも訪れました。午後からは、まちづくりなみえ・菅野事務次長から「未来意志で地域を動かす―前代未聞の人口ゼロからのまちづくりへの挑戦―」という講演を聞き、夜の森の桜並木を見学しました。その後、東京電力廃炉資料館を見学、東京電力社員との対話を行いました。夕食後は、とみおかプラスの方によるワークショップ「避難所運営シミュレート」を体験し、グループディスカッションで一日の振り返りを行いました。

3日目

 ホテルを出発して福島市へ。福島県立医科大学放射線科健康管理学講座・坪倉教授の講演を聞きました。3.11当時の過酷な医療体制や放射能の人体への影響を具体的に伝えていただき、多くの教訓を学ぶことができました。その後、まとめのワークショップを行い、2時間の議論を通じて、学んだことの整理と新たに探究していきたい課題について考えました。

〈生徒の感想〉
  • 驚くほど充実した3日間だった。生の声を聞けるありがたみとそれ故の残酷さを痛感した。これからを考え、投影することができた。“自分事”の難しさはあったが試行錯誤して納得できる解釈ができたときは気持ちが良かった。灘の生徒さん達とも打ち解けられるようになり、より良い対話になった。出会えたご縁と関わる全ての方々に感謝し、将来に生かしていきたいと思う。
  • 私がふくしま学宿で意識したことは「見る、聞く、考える」です。10年の時を超えた今でも、あの日のまま残っている崩れた住宅、割れた窓ガラス、ひびの入った地面。一方で、ただひたすら生きようとしている満開の桜や生き物たち。福島に訪れずには見られないたくさんの光景を見ました。そして様々な方々の思いを聞き、将来私たちにできることを考えました。「明日、自分の命はありますか?」これが私自身の教訓であり、人生のヒントであると考えています。明日生きているという保証は何もありません。今日という一日をどう明日につなげていくか、一日一日、一歩一歩、自分の道を歩んでいきたいと思います。
  • 「災害は健康に何を与えるのか。」被災地で災害関連死が圧倒的に多いという背景には、精神が極限にさらされる点があります。精神面での痛みが命をも奪う実態は衝撃でした。その場を実際に訪れたからこそ学びが深くなったのだと思います。溢れる情報を瞬時に自分のものにする難しさを感じたからこそ必死になれた、充実した3日間でした。
  • はじめに、関わっていただいた全ての方に感謝申し上げます。私はふくしま合宿での対話を通して「一人一人には尊厳があり、それぞれの仕事には尊さがある。これを尊重しなければ、世の中・社会は成り立たない。そのためには、現場の人のことを大切に思わなければならない。」と思いました。
  • 対話。これが1番のテーマであった。様々な事を学び、現地の方々、灘校の生徒と対話を重ね、刺激的な意見に触れることができた。異なる価値観を持つ者との対話こそが、非常に大事だと感じた。コロナ禍の中、現地の方々、そして共に三日間を過ごした高槻高校、灘高校の皆に感謝したいと思う。