1940(昭和15)年10月16日、北摂・高槻の地に産声を上げた高槻中学校(旧制)は、翌年4月、磐手尋常小学校の校舎の一部を借用し、学舎(まなびや)としてその歴史を刻み始めました。学校創設時の財政的基盤は、大阪高等医学専門学校(現 大阪医科薬科大学医学部)理事長の藤堂献三氏、初代高槻市長の礒村彌右衛門氏、京阪神急行電鉄専務取締役の牲川角之助氏らの尽力によって整備され、教学の舵取り役には当時灘中学校教頭であった吉川昇先生が初代校長として迎えられました。1948(昭和23)年の学制改革後は高槻中学校と高槻高等学校を併設し、公立学校にはない六ヵ年一貫教育を特色とする本校の教育活動が始まりました。

 その後、幾度かの経営上の困難期に遭遇するも、法人関係者の努力によってこれを乗り越え、昭和の後半からは生徒急増期の追い風も受け、安定経営に努めた結果、私立進学校として着実にその地歩を固めていきました。しかし、平成に入り少子化による生徒減少期を迎え、公立学校の教育改革、新手の私立進学校の登場などもあり、私学として本校の教育が世に問われる局面を迎えることとなりました。

 そこで本校は平成後半から学校創設以来の大規模な学校改革に取り組み、開校時の建学の精神「国家・社会を担う人物の育成」をグローバル化社会にも通用する新たなスクールミッション「グローバルマインドをもった次世代リーダーの育成(Developing Future Leaders With A Global Mindset)」へと進化させ、このミッション実現のため、英語教育改革、国際教育、探究型教育、ICT教育の導入に踏み切りました。

 折しも、経営の一層の安定化のため、学校法人高槻高等学校は学校創設時から支援を受けていた大阪医科大学と2014(平成26)年に法人合併を行い、その2年後には大阪薬科大学とも法人合併されることにより、本校と大阪医科薬科大学との密接な教育活動の高大連携が始まり、これによって本校は医薬系総合教育学園の一翼を担う中等教育機関として明確な足場を有するに至り、「グローバル教育」と「先進的な生命科学系サイエンス教育」を特色の二軸とする私立学校としてその存在感をあらためて社会にアピールすることが可能となりました。この存在感は、前者においてはスーパーグローバルハイスクール(SGH)として、後者においてはスーパーサイエンスハイスクール(SSH)として文部科学省のカリキュラム開発指定校に位置づけられることによって一層明確なものとなりました。また、法人合併を機に中学1年より女子生徒を受け入れ、2019(令和元)年度に中学3学年の共学化が完成したところです。

 法人としてはこれらの特色教育をハード面からより確かなものとするべく、2016(平成28)年より「志を育む空間」を設計コンセプトにキャンパス整備事業を順次推進し、高等学校用普通教室18室、理科教室7室、技術・家庭・音楽・美術・工芸用特別教室を擁する南棟の完成(第1期工事:2017年春)、「学びの森」を設計コンセプトとする中学・高校レベルを超越した新学校図書館・講堂(ホール)の完成(第2期工事:2018年秋)を終え、学校創立80年となる2020(令和2)年春には新本館(第3期工事)が完成いたしました。

国道170号から正門と新本館を見る

 これら一連の学校改革や環境整備の効果によって、本校は現在、大阪府下の私立中学校の中で最も多くの志願者を集める私立学校となりましたが、開校時より「公立でできないことをして初めて、raison d’etre(存在理由)がある」と常々話されていた吉川昇校長の言葉にもあるように、本校はこれからも次世代リーダー育成のため、魅力ある私立学校として特色ある教育活動を推進し続けねばなりません。そのためには優秀な教員集団、さらなる魅力ある施設・設備の拡充、諸施設の維持・管理が必須であり、これは多額の資金を要するものであります。そこで学校創立80周年を迎えるにあたり、教育活動の一層の充実とさらなる教育環境整備のため、皆様からのご厚志をもとに「高槻中学校・高槻高等学校 次世代教育推進基金」を設立することと相成りました。一口一万円から募金をお受けいたします。皆様の温かいご理解とご支援を賜りますよう、衷心よりお願い申し上げる次第です。

学校法人大阪医科薬科大学
理事長  植 木   實

高槻中学校・高槻高等学校
校 長  工 藤   剛

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